北へ行って、港を見ようー ドイツ留学中の筆者が、思いつきで飛行機を取り、週末のノルウェー・オスロを地図片手に歩いた、ひとり旅エッセイ。

もっと北へ行って、港が見たい。ふと思い立って、週末の飛行機と宿をとった。

今回歩き回ったのは、北欧ノルウェーの首都、オスロ。ガイドブックなし、観光センターでもらった地図1枚を手に、全く知らない街を漂ってみた。

 

オスロ・セントラル駅*を出て少し歩くと視界に飛び込んでくるのは、海にせり出すように建てられたオペラハウスだ。建物の外側がおおきなスロープになっており、屋根の上に登れる。まずはその屋上から、これから歩く街を眺める。

フィヨルドの中の街なので、海側からみると市街地のすぐ背後に山が迫る。斬新なデザインのビルが立ち並ぶオフィス街の後ろに隠れるように、山に沿って身を寄せ合う小さな家々が、陽射しを受けて光っていた。

オスロパス**を使ってトラムに揺られ向かうのは、国立美術館。それほど大きくはない2階建てのギャラリーに、ノルウェー/北欧の美術の歴史がぎっしり詰まっている。ムンクの『叫び』のうち最も有名な1枚が収蔵されていることで知られるが、今回のお目当てはそれではなく、同じくノルウェーの画家、ハラルド・ソールベリである。クリスティアーニア(オスロの旧称)王立美術工芸学校に学び、ノルウェーの豊かな自然と街の風景を描いた、新ロマン派の画家だ。

たくさんの彼の作品に囲まれながら、一枚の絵に心を惹かれる。『夏の夜』。

夏の夜(1899年)

 

バルコニーから森、その向こうの海、さらにはるかに見える山を見渡した風景を描いた作品だが、「夜」と銘打たれていながらその空は明るい。じっさい、高緯度であるがゆえに今の季節のオスロは23時を過ぎても日が暮れない。一年中、当たり前に暗い夜が来る国で生まれ育ったわたしはいつも、北ヨーロッパの長い陽射しに戸惑いと高揚感を覚える。夕暮れに白む空のグラデーションが美しいこの絵のほかにも、ソールベリの作品には青が印象的なものが多い。

北の花畑(1905年)

山の冬(1911-14年)

 

大きな建物ばかりの中心部を抜け出し、古い家々が残る学生街、グリュネルロッカ地区へ。古着屋、雑貨屋、CDショップなどの密集している、サブカルチャー発信地でもあるこの地区は、老若男女さまざまな人々でおおにぎわいである。どうやらオスロのトレンドは、ピンナップガール・スタイルのよう。カラフルなワンピースを揃えた洋服店をいくつか見つけた。豊かな金髪に赤い口紅、カラフルなタトゥーを惜しげなく見せた店員たちは、連れもなくふらっと入ってきたわたしに「Heihei!どこからきたの?」と親し気に尋ねてくる。彼女たち自身もともに楽しんでいろいろと試着させてくれるのはいいのだが、残念ながら、寸胴なアジア人にメリハリのあるノスタルジックな型紙のドレスは着こなせなかった。

この日、グリュネルロッカでは音楽イベントが行われていたようで、いくつかある公園のそれぞれに小さな野外ステージが建ち、ライブが続いていた。浮遊感あるギターポップに揺られながら、しばし休憩。

ちょっとはすっぱな印象の街並み

 

市庁舎前から古ぼけた連絡船に乗り、ビグドイと呼ばれる一帯へ向かう。博物館群と高級住宅街のある地区だ。ここでの目的は、ヴァイキング船とフラム号の博物館である。

フラム号とは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、2回の北極探査を耐え抜き、さらには人類史上初めて南極点に到達した、巨大な木造探検船である。この博物館では、展示室のど真ん中にフラム号そのものが展示され、甲板から船室、さらには船底まで見学することができるのだ。船を格納するため三角形をした展示室の壁は、フラム号の探検の道のりの紹介、またさまざまな資料―乗組員個人の備品や、六分儀、コンパスといった航海用具、シロクマの毛皮、船員の記録ノートなど―で埋め尽くされている。北極点到達を目指した最初の航海において、探検家フリチョフ・ナンセンは、フラム号の船底を氷に押しつぶされない丸い形にデザインしたうえで、船をあえて海氷の中に閉じ込め、3年間にわたり漂流したという。北の果ての白い白い世界で、氷に任せて漂いながら暮らすことを思う。

次に訪れたのは、もちろんヴァイキング船博物館。十字架の形をしたこの建物には、3艘のヴァイキング船が、静かにその身を横たえている。いずれの船も、9世紀に造られ、北方の海を暴れまわり、族長が亡くなったのちは彼らを死後の世界へ送るためにともに埋葬されて、19世紀にふたたび発掘されたものだ。重厚なオーク材で組み上げられたしなやかな形の船は、人間によって撓められてから千年以上が経過した今なお、まるで自らの意志でその形を保っているかのような気配を湛えている。まっすぐな竜骨の長さから、この船がかつては大木であったことがうかがえる。ふくよかな底部から細い船首まで、繊細な飾り彫りとともにダイナミックに伸びあがる形は躍動感にあふれ、官能的ですらあった。

豊かな海に囲まれた活気ある街オスロ。同じ港町でも、現在わたしが暮らしている北ドイツのキールよりも広々とひらけている印象である。キール・オスロ間はフェリーが毎日運航しており、この日も埠頭には一艘が停泊していた。海がつながっていることに、あらためて思い至る。

初夏のオスロでは、高緯度地帯ならではの濃く青い空と強い日差しをいつまでも楽しんでいることができる。リラの咲き誇る公園を散歩し終わったら、もう一度オペラハウスの屋上へ登って、海をみよう。

 

紹介しきれなかったオスロ

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*オスロ・ガーデモエン空港から直結のローカル列車(90NOK)で23分ほど。エアポートエクスプレスを使うよりお得。券売機が色違いでややこしいので注意。

**オスロパス: オスロ市内の公共交通機関(電車、地下鉄、トラム、バス、フェリー)の乗り放題チケット兼市内のミュージアムが無料になる観光チケット。駅からすぐ近くの観光センターで購入可能。自分で使用開始時間を書き込む。24時間チケットは335NOK, 48時間チケットは490NOK(学生は20パーセントオフ)

***ウィキメディア・コモンズより(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gokstadskipet1.jpg)

(文・堀川 夢)