私はその昔、と言っても2年ほど前、とあるレストランでアルバイトをしていた。
そのレストランでは時々「おつかい」に出された。
私は外に出られるおつかいが好きだった。
その日は一面の青空で、とても日差しが強かった。
レストランの制服の、七部丈のワイシャツが場違いに思えるような暑さだった。
必要な物を買い揃えて帰途につく。
信号待ちをしていると、横に立つ男性が「あー、暑い。」と言った。
ちょっと紳士的な雰囲気のおじさん。
私はてっきり話し掛けられているのかと思って、「そうですね。」か何か、当たり障りのない返事をした。
すると、最初に口を開いた当の本人が驚いた顔をして私の方を見た。
どうやら独り言だったらしい。
しかしなぜだかそこから会話が続いて、私たちは互いに名乗りあった。
彼の名前を聞いて、「ジブリのキャラクターにいそうな名前だな。」と思った。
私は彼に「どちらからいらしたんですか。」と尋ねてみる。
すると彼は言うのだ。
「当ててみて。」と。
出たぞ、この無茶振り。
こういうことを言う人は大抵、当てられないつもりで聞いてくるのだ。
過去には英会話カフェで、同じ質問をされたことがある。
質問者は私のテーブルの担当だった若い男性だ。
彼からのヒントは「英語圏出身じゃない」ということだけ。
しかし彼の顔立ちとネイティブと言っていいくらいの英語は、パキスタン出身の友人を彷彿とさせた。
そこでダメ元で言ってみた。
「パキスタン。」
当たらないと思っていたであろう彼は、悔しがるでもなく、むしろ嬉しそうだった。
そんなわけで、棄権してもいいのだが、ゲームに乗ってしまうのが常である。
私はまず、彼の風貌から地中海沿岸出身と推測した。
そこで聞いてみる、「シチリア?」
まったくのあてずっぽうだ。
ただホストファミリーの父方の家系がシチリア出身だったから頭に浮かんだのだ。
しかし彼は少し嬉しそうな顔で、「近いけど違う。」と言うではないか。
じゃあシチリアの南、「チュニジア?」
チュニジアには留学中に仲のよかった友達の一人がいた。
すると彼は驚き半分、嬉しさ半分で首肯した。
なんと、「身内戦法」はまたしても成功してしまった。
そうこうするうちに私たちは横断歩道を渡りきった。
彼からは、カフェにでも行ってもっと話さないかと誘われたが、私は勤務中なのでと断った。
私のアルバイト先のレストランは伝えていたが、その後彼と会うことはなかった。
彼はあの時どんな話をしたかったのだろう。
偶然会った、人好きのするチュニジア人のおじさん。
もうよく顔も覚えていないけれど、あの時はなんだか楽しかったな、と今になって思い返す。
(文・小林かすみ)