東京で今、故郷を想うー月替わりエッセイ第11弾

故郷とはなんだろうか。

 

きっと一人ひとり、違う故郷があるんだろうと思う。それは例外なくどんな人にも。自分と名前が同じ人にも全く別の人生があるように。

 

 

 

自分にとって故郷とは静岡県の西部、浜松である。

生まれてから18年間そこに住んでいたかつての僕にとって世界はそこにしかなかった。

目の前のことに必死だった。それは今もおおよそ変わらないのだが。

 

 

東京から浜松は、新幹線で二時間かからない。授業で言えば約一コマ分。時間で考えればそれだけしかかからない。そんなところに僕は生まれ、そして住んでいた。

何か特別なものがあるわけではない。しいて言えば、そこには両親がいて、兄がいて、姉がいて、ご近所さんがいて、先生がいて、友達がいた。

状況は次第に変化していく。転校していく友達もいたし、年の離れた兄や姉は大学へ進学し、浜松を離れていった。

別の場所に暮らし、時々帰ってくる兄たちを見ては、漠然と自分も同じように浜松を離れていくのだと感じたし、それは大学合格とともに本当に実現することになった。

 

浜松で過ごす18年目の春、希望の大学に合格できたことを喜んだ。加えて初めての一人暮らし、なにより東京での暮らしが決定したことに僕の胸は躍っていた。

両親に別れを告げ、実際に上京し、生活の拠点となる大学の周辺は僕の思い描いていた大都会とは大きくかけ離れていたが、それでも電車に乗れば、画面で見るしかなかった新宿や渋谷に行けると思うと、自分が東京に住んでいるという実感が湧いた。

 

東京に出て来て、僕はたくさんの人と出会った。尊敬できる先輩や、全国各地から集まった同期、二年生になればサークルや語科を通じ後輩とも出会った。一人ひとりと出会うたびに自分の世界が広がっていくように感じた。

 

 

浜松はただの地方都市に過ぎない。胸を張って都会であると言えるわけでもなければ、だれもが田舎と認めるほどでもない。街にはそこそこ人もいるし、駅まで行けば百貨店もある。なにより郊外のイオンにさえ行ければ、たいてい事足りる。イオン最強説がまかり通るのは地方であることの一番の証拠である。

 

東京で出会う人に浜松と言えば?と尋ねられたところで、僕は「餃子?バイク?」と相手の記憶に頼って単語を投げかけることしかできない。暑いというだけで、大した特徴もなければ、万人に向かって誇れるものもない。

それでも僕は浜松が好きだし、そこが故郷であることは生涯変わらないと思う。他人の目にどう映るかは関係ない。自分が故郷だと思えばそこが故郷である。

 

 

長期休暇に入ると、僕は浜松へ帰る。兄や姉がそうしていたように。

帰っても、特になにをするわけでもない。実家に僕が暮らした部屋はもうないし、特段会いたい誰かがいるわけでもない。

それでも僕は浜松へ帰るのだ。自分というものを再確認するように。

 

川沿いを歩き、当時の自分に思いを馳せる。友達と会い、中学や高校時代の思い出を語り合う。先生に会い、大学生活を報告する。実家にいて、家族となんでもないような話を一日中する。どれも故郷がそうさせる。自分の行動には違いないが、そこにいなければそうしていない。

 

故郷はいつまでも変わらない。ずっと自分の中の記憶のままだ。

 

 

 

リトルミスサンシャインという僕の好きな映画には途中、こんなセリフが出てくる。

 

「本当の負け犬っていうのは負けるのが怖くて、挑戦しないやつらのことだ。」

“A real loser is somebody that’s so afraid of not winning, they don’t even try.”

 

どこまでいっても競争を強いられる社会の中であっても、勝ちと負けを分けるのは他人との比較ではないと思う。

 

他人にどう思われようが自分には関係がない。他人との比較の上に成り立つ評価など気にする必要がない。

故郷にはそんな風に思わせるなにかがあると思う。

他人との競争を超えた自分との対話に近い。過去の自分を顧み、今の自分を想う。それができるのが故郷なのだと思う。

 

だから人は故郷を求め、そこに時々帰っていく。

 

 

(文・伊藤開人)