ブータンと聞くと、「幸せの国ブータン」という表現を思い出す人が多いのではないだろうか?
幸せって何だろう、ブータンってどんな国だろう、図書館の本を片っ端から読んでいるうちに、どうしても行ってみたくなった。
飛行機予約サイトで検索しても...
行き方が見つからない。
それならば、ボランティアかツアーで行くしかない!
小学生に日本の図画工作を教える&観光のボランティアツアーを発見。即決定。
「私、ブータン行ってくる」
他の国にも寄りたかった私は、タイ集合に。思ったより小さかった飛行機に乗り、タイを出国。
予定時刻よりも早く到着したなと思ったら、インドを経由していた。そこからは、あっというま、ブータンに到着。日本人大学生4人と日本語の話せるガイドさん、専属の運転手さん、この6人での旅の始まりはじまり。
とは言っても、お腹が空いていたらダメ、まずはご飯。
これが辛い辛い。でも美味しい。見た目からは想像つかないかもしれないけど、全部が辛い。
宗教のルールでカメラを向けることができないところが多々あった。(旅行中、なぜか斜めに撮ることにはまっていて、今見ると見にくくて仕方ない写真が多く、出せない、ということもないことはない。)是非、自分の目で見てもらいたい。ちなみにこれはゾン。
右の人がガイドさん。格式のある所にあるところに入るときは、民族衣装の上に布をつける。身分によって色が異なるという。
これがマニ車。中にお経が書かれた紙が入っていて、回すことで、お経を唱えたことになる優れもの。一生分のお経を唱えてきたんじゃないかと思うぐらいあちこちで回してた。
でも、マイマニ車持ってる人にはかなわない。他の仏教国にも行っているが、ここまで多くの人々が信仰熱心なのは初めて見た。あるとき、仏塔らしきものがあるところに行った。その周りを歩いて回ると良いということだった。見てみると、老若男女、本当に様々な人が歩いていた。すごい人は、マニ車を回しながら。ガイドさんは、学生のころ、朝学校行く前に3周してから登校するのが日課だったという。日常生活に根付いていることが良く分かった。
この日は、移動中に古い橋に立ち寄った。と、その前に、ブータンでの注意点を伝えておくことにしよう。ブータンではシートベルトをしない方が良いということだ。なぜなら、ブータンでの移動は主に崖の横を自動車で走るもので、事故といったら崖から転がり落ちることを意味する。その場合シートベルトをしていなければ、途中で外に放り出されて助かる確率が高いといわれているからだ。
あの橋だよ。降りて見に行こう。
と連れられて、橋に近づいた。カラフルな布はお経が書いてあり、つけておくと幸運をもたらすというものだ。この橋は、鉄を持ち込んだ、14世紀の高僧タントン・ギャルポがかけた。などなど説明した後、
それじゃあ、渡ってみよう。
まさか、、川の流れは速いし、隙間だらけだし。
この私が踏んでいる鉄の部分は14世紀からあるらしい。この部分以外に修復を重ねて、今日まで残しているということだった。そして、この鉄の部分、中心にない。だから、進むのが本当に難しい。ビーサンは失敗。渡り終えて、教えてくれた。このように橋の端はなっているんだよ。
渡る前に見ないでよかった~。
ティンプーに戻って観光へ。新しい建物を建てるときは景観を損なわないように配慮するため、観光客にとっては似たような建物ばかりで、迷子になりそうな街だった。
先日まで旅行していたタイとも、この後旅行するミャンマーとも全く異なる場所だった。どこか迷い込んでいるような、不思議な場所だった。
日本の旅行会社を通さなくても、直接日本語や英語の通じるブータンの旅行会社にコンタクトを取って行けるということだった。不思議な感覚に陥った原因を探りに、再びブータンに行きたいと思う。次の旅行の候補にブータンを入れてみては。
なかの