Kleiner Kielという名前の湖のほとりには、オペラやバレエの公演を行う劇場が建っています。ここを拠点とし、小規模ながら古典作品の新解釈版やモダンバレエの上演を行い、市民に愛されているのが、市立バレエ団・Ballett Kiel。今回のSpazieren mit Möwenでは、Ballett Kielで活躍している日本人ダンサーのお二人、山本勝利さんと田中ももこさんのインタビューをお届けしたいと思います。
―まずは自己紹介をお願いいたします。
ももこ(以下M)「 田中ももこです。92年生まれの24歳で、北海道の札幌市出身です。3歳からバレエをはじめ、ドイツ国立バレエ学校ベルリンを出て、18歳でキールバレエに就職しました。」
勝利(以下S)「山本勝利です。93年生まれ、大阪府出身です。10歳か11歳ごろにバレエをはじめ、15歳でハンガリーの国立バレエ学校に留学をして、18歳からチェコのブルノー国立バレエで2年間踊った後、キールに来ました。今キールは4年目で、来年からはアウグスブルクへ行きます。」
―バレエ団はどのくらいの規模ですか?
M「正規メンバーが20人で今は1人産休を取っていて、ほかにゲストダンサーが4~5人くらい。毎年25人くらいで踊ってます。」
S「その中で日本人は、男の子が2人と女の子が5人。」
―日本人は偶然集まったんですか?
S「そうです、オーディションで監督が取って。」
M「日本人ダンサーにはテクニックがあって頭の回転の速い子が多くて、監督(Yaroslav Ivanenko)は振り付けをすぐ動ける人を取りたいから、偶然。」
―Ballett Kielの特徴を教えてください。
S「大きいバレエ団はやっぱりクラシックが中心になるけど、この規模で、チュチュにトウシューズでクラシック作品をやるのは珍しいかな。」
M「あとは、監督とバレエミストレス(Heather Jurgensen)がハンブルクバレエ団出身だから、演出とか演目がハンブルクにちょっと似てる。ダンサーは、ひとりひとりのテクニックが高いし、脚の長さとか体型よりも監督の振り付けを踊れる人が選ばれてるよね。」。
―プリンシパルがおらず、それぞれのダンサーに役がどんどん回ってくるのも特徴のひとつかなと思うのですが。
M「それもそうだね。監督が「全員に可能性を与えたい」っていう方針で、そういう意味ではダンサー思いだと思います。」
―小さな街のバレエ団で踊ることについて聞かせてください。
S「大きいカンパニーなら踊れないか、何年も待たないと踊らせてもらえない大役が簡単に回ってきたり。」
M「常に舞台に出ていられるのも楽しいよね。出る日と出ない日があるわけでなくて、むしろ一つの舞台で何役ももらえたりする。」
S「キールに来た最初のシーズンに『ファウスト』をやったときなんて1つの舞台で7~8曲踊って全部着替えたりしてた。」
―キールのお客さんたちはどうですか?
S「バレエを見慣れて専門知識のあるお客さんというよりは楽しみに来てくれているお客さんが多いので、自分たちで思う出来とお客さんの反応が違ったりしますね。クリスマスマーケットの時期の公演なんて、お客さん絶対グリューヴァイン飲んできてるやろ!っていうウケの良さで。」
M「『コッペリア』はコミカルな作品だから笑ってくれると嬉しいよね。」
S「街では、ほかのダンサーと歩いてるときに「昨日よかったよー」って声をかけてくれることもある。」
―今まで踊った中で好きな役や作品は?
S「『HEROES-K』。昨シーズンまでやっていたモダンの作品で、これまでのバレエ人生を舞台上でしゃべったりもする、そういう作品でした。1階席みんなスタンディングオベーションで。」
M「私はプリンセスにあこがれるからやっぱり白鳥(『白鳥の湖』のオデット姫)やオーロラ(『眠りの森の美女』のオーロラ姫)が好き。」
S「ジークフリート(『白鳥の湖』の王子)もロットバルド(同じく『白鳥の湖』の悪役)も楽しかった。」
M「感情を出して演技するのが好きです。スワニルダ(バレエ作品『コッペリア』の主役の村娘)も、6シーズン目で初めてもらったプルミエ(新作の初公演)の主役だったから嬉しかったし楽しかった。『コッペリア』はザ・演技!っていう演目だから、踊ってて楽しいよね。
S「ね。フランツ(スワニルダの恋人)も楽しい。」
―では、その、今シーズンがプルミエだった『コッペリア』について印象的なことをお話してください。
S「ファーストのキャストだったから、創るところから関われたのが楽しかった。監督が「こんなのできる?」って提案して、こちらが「こんなかんじ?」ってやってみて、(監督が)「それでいこう」って、うまいこと話し合いながら作ることができた。」
M「二人で「こんな振り加えよう」って勝手に入れた振り付けも監督が「じゃあそれ取り入れよう」って言ってくれたのもうれしかったし。」
―新作の作り方は、バレエ団によってちがうんですか?
S「人によるよね。」
M「目や指の先まで振り付けと考える振付家からしたら、ダンサーが勝手に提案するのは許せないんじゃないかな。すでにできている作品のイメージ通りにしてほしい、っていう感じで指導する人もいるし。」
―お二人ともずっとクラシックバレエのレッスンを受けてきて、そこからネオクラシックやモダンバレエがメインのBallett Kielに来て、戸惑ったことは?
M「私は特に学校上がりだったから完全にクラシックバレエの型が身体に入ってて、そこをミストレスが細かく直してっていう感じで、なんだかんだできるようになったね。オーディションに来てる子たちを見たりすると「私もこうだったなー」って。笑」
S「コンテンポラリーはキールに来てからやったけど、去年は初めて振り付けもしたしね。モダンのほうが自分の感情を出して踊れて好きだな。」
M「私は逆だな、お姫様や村娘とか、役になりきるのが好き。」
―では、バレエから離れて、キールについて伺いたいと思います。好きな場所やイベントを教えてください。
M「やっぱりKieler Wocheかなあ。」
S「今年からオペラハウスの横に出てたクリスマスマーケットもよかったね。」
M「サンタさん船に乗ってきてたね。笑 好きな場所は、Laboeとか、あとは海沿いをお散歩したりかな。キールならではできれいだよね。」
―北ドイツだなぁ…と感じるところは?
S「北っていうよりキールだなって思ったのは、潮風。前はガーデン(Gaaden。市の南部、中央駅の対岸の地域)に住んでたんだけど、橋を渡って劇場に行くまでの潮のにおいがすごかった。あとは天気の移り変わりがめっちゃ速い。」
M「さっきまで晴れてたのにいきなり雨が降ったりするしね。風も強いね。暗いし。あと朝イチで外出たときに独特のにおいがする。牧場みたいなにおい。笑」
―日本とドイツ、あるいは北海道とキールで似ているところは?
M「気候は北海道っぽいよね。のほほーんとしてる感じも。あとはドイツ人のカチッとしてるところ。書類とか時間とか、たまに日本人よりもかっちりしてるんじゃないかって。」
―勝利さんも何かありますか?似ていないところでもいいですよ。
S「似てないのは…ノリツッコミしてくれないところ。笑」
―キールのいいところ、いやなところを教えてください。
S「いやなところは…水のカルキが強い!」
M「白いのが取れない!笑 あとは坂が多いのもつらい。いいところは、人がそんなにストレスを抱えてない感じがする。ベルリンにいたときはスーパーのレジで急かされたり、不愛想にされたりしたし、英語をしゃべってくれない人も多かった。キールの人はけっこう英語をしゃべってくれるよね。」
S「そうだね、すぐ英語に切り替えてくれる。」
M「年を取った人でもみんな英語しゃべれるからすごいよね。ありがたい。あと市街地は大体ぜんぶ徒歩で行ける。」
S「キールは空気がきれいだし、人がそんなに多くないのもいいね。」
M「住みやすいよね。海が近いのも好きだなあ。あとは、ヨーロッパなのにお魚が食べられる!」
S「お店で出てくる魚がちゃんとおいしいんだよね。」
M「北海道民には大事だよ!笑」
にこやかにお話しされるお二人からは、この街キールでの暮らしやBallet Kielでのお仕事を楽しんでいらっしゃることが終始伝わってきました。公演を観に行くだけではわからないカンパニーの裏話や作品の制作過程のお話、キールのこともお聞きすることができ、大変興味深かったです。バレリーナやバレエダンサーたちの楽しさを一緒に体感できるようなBallett Kielの公演は、夏季2か月間の休暇を除き、ほぼ1年じゅう上演されています。キールにお立ち寄りの際は、ぜひ劇場のスケジュールをチェックしてみてくださいね。
さて、昨年5月から続いたこの連載も、次号で最終回です。カモメたちに別れを告げる前に、日本で待っているたくさんの大切な人たちのためにお土産を買い集めましょう。
(聞き手 堀川夢)