キール留学中のライターが、日本ではほとんど情報のない北ドイツの魅力を現地から実況レポート!

幾艘ものフェリーが毎日訪れて汽笛を街じゅうに響かせ、モダンで統一感のある家並みをカモメたちが飛び回り、いつまでも沈まない春の陽のもと、人々は埠頭でのんびりと日向ぼっこ…。

 

私がいま留学しているのは、北ドイツはシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州の州都・キール。日本からはほとんど情報が得られないこの港町での、一般的なドイツ像とは一味違う暮らしをお伝えしたいと思います。

 

第1回目の今回は、キールの基本情報と、北ドイツの春についてレポートいたします。

 

○キールってどんなところ?

みなさんは、北ドイツのキールという街の名前を聞いて、何を連想しますか?まず有名なのはUボートですね。世界史を勉強した人は水兵の反乱シュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争を連想するかもしれません。歴史上重要な役割を果たすキール(または北ドイツの各地)ですが、日本から訪れようとするとその情報の少なさに驚きます。いいところなのに、もったいない!というわけで、まずは、基本的なデータから。

 

ハンブルクから鉄道で1時間半。シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州の南側、ユトランド半島の付け根にある、バルト海へとひらけた入り江の町がキールです。その地形は「キールフィヨルド」と呼ばれており、海岸からすぐ、急な坂道が内陸のほうへずっと続きます。州内一の人口を誇るキールですが、それでも人口約25万人の小さな町。地元っ子たちはよく「キールは大きな村だから」と冗談を言います。

 

人口の1割を占めるのはクリスティアン・アルブレヒト大学(キール大学)の学生です。主力産業は造船と観光。古くから海事の要所として栄えた街であり、今でもドイツ海軍の拠点のひとつとなっているほか、6月には世界最大のセーリングフェスティバル、キールウィークが開催されます。また市内に複数のビーチがあり、ドイツにいながらマリンスポーツや海水浴を楽しむことができます

中央駅のすぐ裏、絶好の日向ぼっこスポット。

 

街並みは、南ドイツの可愛らしい印象の家々とは異なり、戦後の建築が並ぶモダンなもの。というのも、ドイツ海軍の一大拠点であったキールは第二次世界大戦で完全に破壊されてしまったのです。海運博物館(Schifffahrtsmuseum)には破壊される前のキールの街並みのレプリカが展示されていますが、まるで海沿いのヴェネツィア。当時の建物が今ではほとんど残っていないのが、本当に悔やまれます。

旧市庁舎。現役で使われています。

 

○北ドイツの春

・キールの春、どう過ごす?

北にあるがゆえに、春夏のキールの陽はとても長いです。この陽射しを最大限満喫しようとするのがキールっ子たち

 

暗く寒い冬がやっと過ぎ去ったのがうれしくて仕方ないらしく、外気温が12度であろうが、海からの風が吹いていようが、太陽さえ出ていれば外へ繰り出します。公園(Schrevenpark, Schlossgartenなど)の芝生や家のバルコニー、カフェのテラス、桟橋、埠頭など、いろいろなところで日光浴。冬物の厚いコートを着てでもバルコニーで頑張っている人を見かけ、「やせ我慢…?」と思うことも。

通っている大学のキャンパス。水辺があって広くて、北海道大学の雰囲気に少し似ています。

 

さらに気の早いことには、キールっ子たちは5月にはビーチに繰り出します。もちろん海は冷たすぎて入れない、けど地の利を生かして海に行きたい、じゃあとりあえず砂浜でバーベキュー!雨や雹が突然降ってきてもお構いなし。寒暖差と天候の変化の激しい港の春を存分に謳歌する、たくましい人たちなのでした。

お天気がいいから、白鳥も湖のほとりでひとやすみ。

 

○北ドイツ、開花前線

北国の特徴、それは春の花がいっぺんに咲くこと。桜の開花期が遅いために、チューリップや水仙、ヴィオラなどが桜と同時に咲き乱れるのです。キールでは、クノーパーヴェーク(Knooper Weg)に短い桜並木があり、4月の半ばから終わりにかけて八重桜とシロツメクサやタンポポのコントラストを楽しめます。ほかにも、新旧二つの植物園があり、一斉に咲いた花々が見事です。

・文豪の故郷の春は…

さて、ここでいったんキールを離れてみましょう。北西へおよそ70キロ、北海沿岸のフーズム(Husum) という街をご紹介いたします。

 

『みずうみ』でシュレスヴィヒ・ホルシュタインの風景を舞台に物語を紡いだ作家シュトルムは、しかし「街(Die Stadt)」という詩でその故郷フーズムをこう描きます。(※)

 

ねずみ色の海のねずみ色の浜辺

少し離れてその街はある

霧が家々の屋根に重くのしかかり、

静寂を破って海鳴りがとどろく、

街一帯の単調なこと

 

シュトルムが生きていた150年前はともかく、現在のフーズムはこんなにさみしいところではなく、海辺のノスタルジアと街の活気を兼ね備えた、小さいながらもとても魅力的な街です。

 

フーズムの春の名物は、クロッカスの大群生です。かつて修道士たちがサフラン採集のために植えたとされるクロッカスが野生に還り、広大な公園(Schrosspark)に群生しているのです。遠くまで紫のじゅうたんが広がる光景は、まるで魔法のよう。満開になるころには、街の広場で花祭りも開かれます。静かな港街が年に一度、一気に華やぐ季節です。

クロッカス以外にも、フーズムでは海事博物館やシュトルムの生家(今はシュトルム記念館になっています)、質素で堅牢な造りの教会(Marienkirche)を観光することができます。北欧の影響を強く受けたパステルカラーの家並みに、小さく居心地の良い古本屋や雑貨屋、カフェなどが点在しています。

 

また、街の中心部にまで港が入り込み、そこに船が係留されているため、潮が引くにつれて船底が現れたり、さっきまで歩いてエサを探していたカモがいつの間にか泳いでいたり、一日水辺に座ってぼんやりしていても楽しいところです。

今回の記事では、キールの街と、その春模様についてレポートいたしました。私もまだここに来てから日が浅く、この地域にたくさん隠れているであろう魅力のほとんどをまだ見つけられていません。

 

これからも、キールをはじめとした北ドイツの風景を不定期にお伝えしたいと思いますので、みなさんも私と一緒に北ドイツを探検していきましょう!

Bis dann!

※出典: Theodor Storm, Gedichte (Hamburger Lesehefte Verlag), 訳: 堀川

 

(文・堀川 夢)