Body Hair — 日本と海外の脱毛事情と、一周回って思うこと

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とある日の午後、教室にて。

Aさん:スベスベじゃん!脱毛してるの?

Bさん:してないよ。もともと。

Aさん:えー、いいなぁ。交換してー。

Bさん:逆にそんなに毛生えてるの?汚ったな!

2人の前に座っていた私は、思わず自分の腕を見た。

赤いポツポツは、除毛クリームを使って血が出たところだ。普段は何もしていないが、今回は事情があって、私がそうしようと思って処理した。そしたらところどころ皮膚の表層に穴が空いてしまったのだ。人によってはこんな風に、処理をする度に痛い思いをしなければならない。

それをわかっているから、思わず振り返って反論しそうになった。しかし、Bさんもついふざけて過剰な表現をしてしまっただけだろうし、私も考えなしに言ってしまって後から反省することがある。そしてむしろ、この2人の会話は記事を書くのにちょうどいいネタになると気づいた。

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ということで今回は「毛」、特に腕の毛の諸事情について考えてみる。

脱毛大国ニッポン

日本は脱毛大国だ。電車に乗れば、脱毛の広告がほぼ必ずある。それも一つではなく、二つ三つあるのだ。広告が謳うのは、「脱毛した肌は美しい」ということ。それは「脱毛していない=恥ずかしい」という揶揄にも近い。こうした価値観は広告の中だけでなく、先ほどAさんBさんの会話で見た通り、ごく普通に世の中に存在する。

そして中でも女性の毛に対するプレッシャーは大きい。ここ数年で男性向けの脱毛広告も見かけるようになってはきたけれど。だったらいっそのこと、「女性も男性もそんなに毛に神経質になるのはやめて、もっと自然体でいきましょう」っていう方向に進んだらよかったのにな、なんて思ってみる。

脱毛だけでなく、二重手術の広告とか、ダイエットの広告とか、身体を一つの理想型に近づけることを勧めてくる広告は殊に多い。そういえばアメリカ人の元ホストファザーが、日本の電車にある二重手術の広告を見て「WHAT!?」って仰天していたっけ。アメリカにも当然美容の広告は溢れているけれど、場所やターゲットを選ばない、日本の電車の美容広告には驚きだったんだろうな。

 

Social Conformity?

そんな、脱毛がもはや当たり前になっている日本。かと言って私が脱毛するかと言うと、今のところはしていない。腕についてはカミソリもあてないし、基本そのままだ。決して世の美の常識に抗おうとしているわけではないし、全く他人の目が気にならないというわけでもないけれど、金銭面や体質的な理由などからそのままを選んでいる。

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また頭の片隅では、「脱毛/毛の処理って絶対やらないといけないってものでもないよなぁ」と思っていることも事実だ。実際、海外に行ったら脱毛が当たり前だと思っていたところがそうじゃなかった、なんてことがある(逆もまた真なり)。もちろん一口に海外と言っても国や地域、人、また体のパーツによって考え方はそれぞれだが、日本と比べると例えば欧米などは腕の毛に対しては寛容なのではないだろうか。

例を挙げると、アメリカでは性別関係なく腕の毛をそのままにしている人が結構いた。私自身は日本で生まれ育ち、「女性が腕の毛をそのままにしているのは恥ずかしいこと」だと思っていた。だから現地の女の子が腕の毛の処理をしないで堂々と出しているのには最初驚いた。一方でネット上には特に女性の腕の毛に関する悩みなども書かれているので、アメリカ(及びカナダ)の美の基準に

☑︎ 腕の毛の処理

という項目がないわけではないようだ。ただ日本に比べれば処理しない人も一定数いると言えそうだ。まあ、”他のところ” についてはまた別の話みたいですけど。

また先ほど例に挙げた電車の車内広告を思い返してみても、私がこれまでに電車に乗ったことのある国*1の中で、脱毛の広告を見かけたのは恐らく日本だけだ。アジア系の場合は白い肌に黒い毛が目立ちやすいということもあるかもしれないが、大きく国として見れば、腕の毛はそのままというところも多いと思われる*2

 

ネレア・バルロンドさん。日・英語でバレエに関する情報を発信する、スペイン出身、アメリカ在住のプロ・バレエダンサー(2021年6月時点)。スペインでは腕の毛は自然のままにすることが一般的なため、YouTube開始当初
「腕毛やべぇ」などのコメントが寄せられて驚いたそう。

*1日本、アメリカ合衆国、アイルランド、タイ、オランダ、スペイン
*2推測なので、実際に統計を取ったらまた違った結果が出るかもしれない。そういう研究があっても面白そう

 

「美しさ」のスタンダード

私たちは、「女性/男性はこうあるべき」といった美的価値観を、無意識のうちに必要十分条件と勘違いしていないだろうか。女性はヘアレス?そんな馬鹿な。毛があったら女性じゃない?いやいや、毛を処理する前も後も同一人物ですよ。

もちろん今日では脱毛の目的も多様化していて、私自身脱毛が悪いとは決して思わないし、興味もある。ただ毛の有無で人をジャッジする風潮には、ちょっとした息苦しさを感じる。毛を処理するもしないも、その人の体のことはその人の意思で行われるべきで、他の誰かが強要するものではないと思うから。

ちなみに私は処理していないそのままの腕を出して、恋人や友人から何か言われたことは一度もない。一番大事なのは、自分にとって本当に大事な人たちが受け入れてくれていて、自分もそれで居心地良くいられることではないだろうか。

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ということでこの記事の “takeaways” は3つ

1.そんなに毛を毛嫌いしなくてもいいのでは?

だって自然に生えているものだから。しかも無数に。

2.所変われば品変わる

脱毛事情も然り。

そして

3.自分が居心地よくいられること

これが一番大事。処理したい人はする、したくない人はしない、でいいと思う。

 

(文・小林かすみ)

引用・参考資料
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長期休暇に入ると海外行きたい欲求が高まる日本語専攻4年。密かに2021年度のWonderful Wander編集長を務めています。愛読書は片桐はいり著『グアテマラの弟』。