ことばの壁ってなんだろう—月替わりエッセイ第20弾

 

「ことばの壁」ってなんだろう。

 

「ことば」は私たちをつなぐはずが、ときにその反対のことをすることがある。

 

アメリカで留学生の友人と地下鉄に乗ろうとしたとき、駅員さんにこう言われたことがある

“Does she understand English?”

直訳すると「彼女、英語わかる?」

しかしニュアンスも鑑みると、「彼女、英語わからないの?」の方が近かった。

 

この発言の数分前。

友人が交通ICの残高不足で改札を通れなくなった。

近くにいた駅員さんにどうしたらいいか二人で尋ねたのだが、友人も私も、その駅員さんの言っていることがよく理解できなかった。

結局わからないまま友人はその場を離れ、一人でチャージをしに行った。

そして件の発言に至る。

 

このときの駅員さんは、

「アメリカにいるのだから、英語を話せて当たり前でしょ。」

と思ったに違いない。

ちょっと理不尽な話ではあるものの、この駅員さんを一概に責める気にはなれない。

なぜなら、

「日本にいるのだから、日本語を話せて当たり前でしょ。」

そんな会話が、今にもどこかから聞こえてきそうだからだ。

 

「ことばの壁」ってなんだろう。

話すことばが違う者同士で、うまくコミュニケーションが取れないこと。

本当にそれだけだろうか。

それ以前に「ことばが違う」という理由から人と人がコミュニケーションを取ろうと努力することを諦めてしまい、結果的に生まれる心理的分断。

これもまた「ことばの壁」なのではないだろうか。

 

私たちは日常で気づかないうちに、「ことばの壁」を生み出していないだろうか。

私は胸を張って「いいえ」と言える自信がない。

 

私たちは、ことばを使って人と人との間に壁をつくることも、壊すこともできる。

しかし「ことばの壁」が「こころの壁」になってはいけない。

使命感なんてそんな大逸れたものではないけれども、曲がりなりにもことばを学び、ことばを使って表現している立場にある私はそう感じる。

壮大な目標ではあるけれど、「ことばの壁」について考えたとき私は、ことばを使って人と人とをつなげられる存在でありたいと思った。

 

(文・小林かすみ)

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長期休暇に入ると海外行きたい欲求が高まる日本語専攻4年。密かに2021年度のWonderful Wander編集長を務めています。愛読書は片桐はいり著『グアテマラの弟』。