レバノンが秘める若者の力~アリサールがユースに信じる希望とは

ベイルートの爆発から2か月が経った。8月4日、政府による管理不足が原因とされる爆発により200人以上の死者、6500人の負傷者、そして爆風で家を失った人は30万人とも言われる。経済危機や飢餓、政治不安、Covid-19 に苦しんでいたレバノンへのさらなる打撃の大きさは計り知れない。

そんな中、爆発の翌日から街に繰り出し道を掃除し、食料を配り、家を直していたのは地元の若者が中心となった民間組織だった。そう、レバノンは政治的、環境的に不安定な状況でもユースパワーがめちゃくちゃ強い、そんな場所なのだ。この度の被害のさなかでもコミュニティに貢献し続けようとする小さな光があちこちで輝いている。

今回はその内の一人、アリサールに話を聞いた。爆発のこと、彼女の活動、そして未来のレバノンと世界のユースパワーについて。

アリサールは大学で国際情勢を学ぶ20歳。クウェート発祥のNPO団体LOYACのレバノン事務所でインターンを経てボランティアをしている。そのプロジェクトの一環として、爆発の被害を受けた家を修復するRISE UP BEIRUTに携わる。

 

*アリサールの回答をAとしています。

-爆発の時、何が起きたの?

 最初にベイルートの港から大きな黒い雲と煙が出てきて、たくさんの人がその情景のビデオとか写真を車やバルコニーから撮り始めた。わたしは爆発で最も被害を受けたエリアの一つ、アシュラフィーエにあるLOYACの事務所にいて、プロジェクトマネージャー等と3人でミーティング中で部屋に座っていた。部屋には1つ窓があった。最初に小さい爆発があって、みんな地面が揺れるのを感じて地震だと思った。地面と、床と、壁がそれほど揺れるのを感じたのはレバノンで初めてだったから、まず立ち上がって外に出て安全な場所や隠れるところを探そうとした。そして、二番目の大きな爆発が起きた。これが大きなきのこ型をしていて、ピンクか赤の雲だった。それは明らかに化学的だった。すごい圧だった。それは山岳地域の人とか、キプロスの人でさえ感じるくらいで、それくらい強かった。この圧でそこら中のガラスは割れて、ビデオで見られるように、建物は崩れた。でもオフィスで起きたことは、外に出ようとして立ったわたしの横にあった窓がすごい勢いで開いてガラスが割れたということ。でも幸運なことに窓の前にボードを置いていて、なんでだかわからないけどはじめて置いてたんだよねそこに。だから窓が開いて、わたしの代わりにボードにあたった。もしわたしにあたっていたら、確実にひどく怪我をしてた。そのボードがわたしに倒れてきて、後ろにいたプロジェクトマネージャー等がそれを受け止めて外に逃げた。

爆発直後の街は・・・

A そして異常な様子が目に入ってきた。見上げるとピンクの雲があって誰も何が起きているかわからない。携帯でまずみんなに電話しようとしたけど、全然つながらない。みんなが誰にも連絡できない。友達と待ち合わせをしてた人もいたし、一緒にいた女の子は彼氏を待っていた。その彼は噂によると最初爆発があったと言われていた場所を通っていた。というのもメディアでいろんな噂があって、最初は暗殺未遂、次にイスラエルの爆弾、その後花火だって。たくさんのニュースが飛び交いみんながパニックの中、わたしたちのオフィスは病院の隣。みんなが病院に血だらけで走ってた。忘れられないだろうことがあった。大きなクラクションを鳴らして急いで病院に向かう車がいて、道端の人たちが状況を理解できない中この車はすごい勢いで走り、開けっ放しの後ろのドアからは意識不明の人の体の半分が外に出て手はもう地面につきそうだった。それが爆発の時に起きたこと。最初の爆発でビデオや写真を撮ろうとしていた人は、窓に近かったらひどく怪我をしてる、中には顔を何針も縫った人が後にテレビでその体験を語っていた。不運にも亡くなった人もいる。

爆風で崩れた建物

-RISE UP BEIRUTはどうやって始まったの?

A キャンペーンの前に清掃からはじまった。というのも、次の日から特に若者たちは街に出て清掃をしていたから。清掃に必要なものを次の日に全部揃えた。ガラスを集めるためのほうき、手袋、ガラスを入れる袋。隣の病院の掃除を手伝って、次いで道や、他の病院も。家の修復キャンペーンの企画はゼロからではなかった。なぜならLOYACのプロジェクトでHomesっていうのがあって、毎夏レバノン、ヨルダンなどから修復が必要な古い家で、経済的に修繕が出来ない家族から1、2軒の家や学校を選び、大工や技師を含めたボランティアを集めたグループで10日から2週間で新築みたいにしていたから。ここからプロジェクトのアイディアがきて、それをすごく大きなスケールでやることになった。クウェートの本部を中心とした寄付キャンペーンとGoFundMeページを使って資金を集め、企業と提携を組んだ。

被害を受けた建物の清掃をするLOYACのボランティア

調査から修復まで、全部自分たちで

 家が爆風によって破壊されたり被害にあったりした人を、まずはLOYACでボランティアをしてる人やそのコミュニティをはじめ、その友達や家族から募った。その後最も打撃を受けたエリアであるカランティーナとマル・ミハエルに赴き、独自のシステムを築いてそれぞれの家の調査を始め、優先順位を決めるための情報を集めた。家に何人いるか、コロナの人がいるか、今そこに住んでるか、収入とか。ここから、それぞれの家とボランティアたちのマッチングをし、今のところアシュラフィーエで21軒を完了、22軒が修復中。カランティーナの家はずっと事態が深刻で、窓やドアだけではなく根本的にダメージが大きいため大規模の修繕になっている。中には家に住んでるけど、その壁がいつ崩れるかわからないようなところもあるし、爆発の前から状態がすでに悪かったりもする。そのカランティーナでは約50軒を修繕予定で、今も70軒ほどの申請が来ている。他のNGOがもう直したところもあるので、その中から40か50はやることになるはず。でもまだ調査は続けていて、今のマッチングが終わったらまた新たな家を受け入れる予定。

 

-今のベイルート、レバノンをどう見てる?

 レバノンは今いろんな意味でとても大変な時期。良くないことがたくさん起きていて、政府は汚職だらけだし、もう誰も彼らを信用しない。少なくともわたしの世代にとっては今までにないくらいの経済危機もある。レバノンだけじゃなくて世界中がパンデミックに見舞われているし、それはわたしたちにとってもかなり厳しい、特にこの経済状況だと。なぜならレバノンでは日払いや週払いの仕事の人が多くいて、彼らが一週間家に座っていたらその家族は養われない。とにかく今ここは非常に厳しい状況。だけどもちろん、わたしたちは希望を失わない。革命(2019年10月に始まった反政府デモ)がはじまった時から特に若い世代には希望があって、彼らは汚職に立ち向かいもう十分だと言い、自分たちや後の子どもたちに良いレバノンを望んでる。上の世代からも今のレバノンは良くない状態で、より良いレバノン、より良いベイルートが築きたいという声が出ている。キャンペーンの名前のように、RISE UP BEIRUT、ベイルートまた戻ってくる。確実にね。

-ベイルートとレバノンの未来に望むものは?

 特定の時代があって、たぶん90年代。ベイルートは東のスイスとか、中東のパリとかいろんな名前で呼ばれてた。なぜならその時期はたくさんの観光客を惹きつけていて、湾岸からのアラブ系の観光客を中心に、ヨーロッパとかいろんなところから人が来ていたから。内戦からの復興の時期でお金もたくさん入ってきて、多くの投資もあった。世界中から中東に来る人にとってハブであり、国際都市だった。レバノンは常に他の国々と比べて生活がユニークで、それはメディアで語られるものとは違う。未来のベイルートをどう見たいかって言ったら、それは前の状態。東のスイスに戻りたい。

-若い世代がたくさん活躍しているみたいだけど、それについてどう思う?

 レバノンで革命が始まってから1年で、実はユースがこの革命で大きな役割をもってる。レバノンの将来に関しても、特にユースが今みたいに動き続けて希望を失わなければ、戻ってくる。それが私に言えること。あともう一つ、RISE UP BEIRUTプロジェクトもユースが中心になっていて、ほとんどが25歳とそれ以下。若くて16歳の子も毎日ボランティアをしていて、クレイジーだけど希望を与えてくれる。彼らは特にレバノンの若い世代にとって、そして世界中のユースにとっての手本になっている。

アリサールも家々を実際に回って調査をしている

-日本のユースにメッセージをお願い!

 広い話、今の世代は歴史上最大のユース。変化はわたしたちと共に始まるって信じる。わたしたちが変化で、わたしたちは現在と、未来を持ってる。自分たちの国や世界で見たいと思うものはわたしたち次第で、わたしたちから始まる。ただどうなって欲しいと考えたり想像したりするだけでは十分じゃなくて、アクションを起こして自分たちのコミュニティにベストを尽くさなきゃいけない。だって誰かの顔に笑顔を見るときが、世界で一番の気持ちだから。だからわたしからのアドバイスは、空いてる時間にボランティアをして、コミュニティに貢献して、自発的に世界中の人とつながること。自分で何かを始められなかったらあなたのコミュニティで何をしているか見ることから始めて。だんだん成長して、あなたが気に掛ける問題を考えて自分で活動を始める。いつも言う、わたしの信じてることで、今日も100回くらい繰り返したけど(笑)、ユースがわたしたちの唯一の希望。人類の、地球の将来にむけて。SDGsに達するためとか、自分たちの国のためにも。社会に貢献してわたしたちが望む将来を築くために全力を尽くそう。

 

爆発の翌日から数週間立て続けに修復作業のオーガナイズをしていたアリサール。今もその活動は継続中。プログラムや機会を見つけては挑戦するという彼女は今月、トルコのグローバル・ピース・サミットに参加者として選ばれ、準備をしているという。

安定しない環境や政府の存在が、彼女のようなレバノンの若い世代の強さを生み出しているのかもしれない。けれどアリサールが信じる世界のユースへの希望は、わたしたちにも責任がある。わたしたちの世代の一人一人から、変化が始まるのかもしれない。

 

〈協力・写真提供〉

Alissar Azzam インタビュー実施日:2020年9月26日

〈参照〉

LOYAC/LOYAC Lebanon (http://www.loyaclebanon.org/ )

credit: instagram @loyac.lebanon

*最終閲覧日 2020年10月14日

 

(文・大竹くるみ)

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ごちゃごちゃした街と人混みが好き。レバノンに語学留学中、国内史上最大規模の反政府デモ、カルロス・ゴーンの逃亡、国のデフォルトとCOVID-19パンデミックに見舞われたけど、そんなレバノンの荒れたすてきさを伝えたい。