“内容は全くわかんなかったけど、一日中映画館にいてその日は終わりだったんだよね。”
中学の地理の先生がインド旅行に行ったときの話。何度も休憩の入る長い映画の間、お客さんたちはご飯を食べたりしゃべったり、その様子を思い出す先生がめちゃくちゃ楽しそうだった。
わたしはその時まだ一歩も日本から出たことはなかったけど、もしその日が来たら、いろんなところで映画館に行ってみよう、と思った。
初めての海外映画館は、カナダのバンクーバー。
東京にありそうな大きくて綺麗な映画館で、そんなに変わらなくない?と思った。のは束の間、みんな、よくしゃべること笑うこと。観たのはたしか『アベンジャーズ』の第一作目で、ソーがボケるたびに突っ込みをいれるおじさんに会場が湧いていた。
続いてはイラン。イラン映画は悲劇に秀で、世界でも評価される質を有する作品も多々ある。せっかくだし最新作を観てみよう。というのではなく、はじめて訪れたテヘランの街に疲れ、長時間座っても文句を言われず、かつ少なくともペルシア語に触れている、と言える場所として友人たちと映画館を選んだ。
これが本当に悲劇だった。
まず、極東アジアの顔を持つ小さい人たちが4人も歩いていると目立つのは映画館でも変わらない。みんなに二度見、三度見されるのはとりあえず突破。その後前の列に子どもが何人かいたのだけど、彼らが上映中ちらちらこっちを見て微笑んできた。可愛いけど、気になる。
そして内容である。ポスターはこちら。なんか、ウェディングコメディとかかな、と思った。
冒頭30分くらいはそうだった。結婚相手を探す男女がどうだったかして出会い、繰り広げられる無駄にしつこいめくばせ、止まらないいちゃつき。派手な結婚式。
はい、コメディ終了。結婚後男の方がこれまたひどいDV夫の姿をあらわにし、彼女は逃亡。たしか夫に見つかり、乱闘の上夫を殺害。逃げ切ったけど、最後に男が目を覚ましたかどうかわからないクリフハンガー的に終わる。多分続きはないけど。
壮大にネタバレをしてしまったけど、きっとこの映画を観る日はないだろう、というか見なくていいと思う。
とにかくペルシア語に出会ってから5か月くらいのわたしたちでも十分な衝撃を受けるほどの、そんな映画でイランの洗礼を受けた。ちなみにその後留学に行っていた先輩の話から、イラン映画にDV男はつきものだと聞いた。それってどうなの。
二度目のイランで映画リベンジに選んだのは確実に結婚の話じゃなさそうなこれ。
なぜか床に敷かれていたこのポスターからはあまり想像のできないスパイコメディ的な映画だったが、笑いのつぼがわからなすぎて逆に面白かった。
最後にレバノン。映画館が好きすぎるあまり、留学中に5度映画館に行った。けど、レバノンは1年に製作される映画が10本程度と言われ、たまにその少なさからは信じられないほどの良作があるけど、あとはそんなに面白くない。中東の作品に多いのかもしれない、あの大げさな動きと、タブーを気にしすぎるあまり現実から離れていく感じの構成である。
というわけで、レバノンで見た映画は全部外国映画、というか、ハリウッド映画4本と『パラサイト』。
レバノンの映画館もカナダの時と同じ、”東京にありそう”映画館だが、1つ大きな特徴がある。
字幕が多すぎ。
レバノンではアラビア語とフランス語どちらも理解する場合が非常に多く、教育機関もすべてフランス語で行われているところも多い。というので、何が起こるかというと
英語の映画にはアラビア語とフランス語の字幕がつく。正直画面のうち字幕に占領されている部分が多すぎて気になって仕方がないが、それが当たり前だそうで。
『パラサイト』のときは実は覚えていない。英語の字幕を読んでいたのは確かだが、アラビア語、フランス語の少なくともどちらか、もしかするとどちらもあったのかも。観た人はわかるはず、後半の展開にびびって忘れてしまった、ということで許してほしい。
旅行だと、きちきちのスケジュールをたてたり見たい観光地が優先だったりで映画館に座っている時間はあまりとれないかもしれない。
けど、映画館に足を踏み入れると、どこか現地の人たちに紛れているように錯覚できる。例え前の列の子どもたちの視線から逃れられなくても。映画館は人々の生活の一部で、観光でしか訪れない派手な場所ではなく、あくまで日常の中での娯楽だからかもしれない。
ポップコーンの散らばった床や、ちょっと傾いた座席、うきうきの子どもたちとか、世界中で見られるこの光景にもどこか安心するものがあるのかも。
とはいえ、まだこの3か国の映画館しか見ていない。いつか地理の先生の言っていたインドで一日映画に費やしたいし、外国映画には字幕ではなく解説のおじさんの良い声が入るらしいポーランドや、映画上映前に国王の映像が流れると聞くタイでも。
世界中の映画館に行って、束の間の安心感とか驚きとか、その空間に浸ってみたい。
(文・大竹くるみ)