レバノンに見る移住家事労働者~2年間のロックダウンとも呼ばれる、”カファラ制度”とは

毎朝学校に向かう道で会う、くたびれたメイド服を着てふわふわの犬を散歩させる女性。街中に遊びに行くと必ず見る、地元の家族の一歩後ろで買い物袋をいくつも抱えて歩く女性。レストランに行けば、食事に興じる大人たちの傍ら、店中を走り回る子どもを追いかける女性。

彼らはみんな、レバノンに働きに来た移住家事労働者たちである。一見、ベビーシッターやメイドに見えるかもしれない。しかしその実態は、彼らが同じ人間であることをも否定するような劣悪なものだ。

それを可能にしているのが、”カファラ制度”である。

信じられないような状況で身を削り働く彼らの状況を少しのぞいてみると、世界や日本社会の中の矛盾も見えてくるかもしれない。

現代の奴隷制、カファラ制度

カファラ制度(نظام الكفالة)は、移住労働者のステータスが“ 合法 ”に個人や雇い主に結び付けられる雇用制度である。このスポンサーにあたる雇い主がカフィール(الكفيل)と呼ばれ、労働者に対し絶対的権力を持つ。その独占性、非人道性からカファラ制度は搾取的労働、強制労働や時に人身売買の悪夢へと労働者たちをとりこむ。

1950年代、雇い主と労働者の関係を定める制度として現れたカファラ制度は主に西アジアで広まった。現在も存在しているとされるのは、バハレーン、クウェート、オマーン、カタール、UAE、サウジアラビア、ヨルダン、レバノンである。

法的保障の欠如

では具体的に、カファラ制度の下で何が労働者たちを苦しめているのだろうか。3つのカテゴリーにわけて見てみる。

・移動の制限

雇用主と合流するとまず、パスポートを回収されるという。すべての労働者に当てはまるわけではないが、多くがパスポートを手元に置けない、つまり雇い主の許可無しに国を出ることができない状態に置かれる。またカファラ制度下の契約で働く家事労働者のほとんどが雇い主の家に住み込みで働くが、自由に外出することを許されない、また週に2、3時間しか私用で出かけることを認められないことがある。全く外に出られない場合もある。

・労働法違反

現地の労働法に違反するような長時間労働や給料の未払い、減額はざらにある。

・劣悪な生活環境

一個人の家、という閉鎖的な空間で働く中、身体的、精神的暴力が多い。また住み込みの部屋は小さく、リビングを通らないと外に出られない、などプライバシーがゼロに近いこともある。他に、与えられる食事が少なかったり、医療機関の受診も雇用主の許可が下りず難しかったりするという。

これらすべてに共通するのが、家事労働者たちに法的保障がされないことである。労働環境も健康状態もすべて、雇い主の裁量で決まってしまう。勝手なことをしないようにと行動を抑制され、ときに身体的に傷つけられる。それでも労働者たちが反抗したり、訴えたりすることはできない。なぜならもし雇い主を通報しようものなら、彼らは契約を解雇され、その瞬間に滞在許可を失うこととなる。一瞬にして不法滞在者とされてしまうその危険は大きすぎるのだ。

レバノンのカファラ制度の実態

現在レバノンには約25万人の移住労働者がいるとされる。人口600万人ちょっとのレバノンの中で大きな役割を果たしていることは自明だろう。彼らは主にアフリカとアジアから来た女性たちである。最も多いとされる国籍は14万人以上を占めるエチオピア。その他の内訳は詳しく公開されていない、または把握されていないが、アフリカからはガーナ、アジアからはフィリピン、インドネシア、スリランカなどがある。

とにかく権利をはく奪されまくる

レバノンでは今、1週間に2人の外国人労働者が命を落とすと言われている。把握されている範囲で、その半数が自殺だという。彼らを追い込む状況は、法的保障から遠ざけられ、不要になったら使い捨てられる、それを可能にするカファラ制度がつくりだしている。

レバノンでは、1週間に2人の若い女性家事労働者が息をひきとる。

雇用主の23%は外出時に家事労働者を自宅に閉じ込める。また54%は休日を与えておらず、文字通り朝起きて寝るまで一日中働かせている。その仕事内容は家事や介護、ベビーシッターなどすべて込みのこともある。このような労働環境で彼らは2,3年またはそれ以上の間国に帰らずに働き続けている。

カファラ制度はロックダウンだ。言葉で、身体的に、そして性的に暴力をふるってくる人たちと一緒に。

またこの制度に守られた雇用主たちによる、権力を手にした傲慢とも言える家事労働者の扱いも問題となっている。家主の前でへらへらすると怒られたり、時に殴ったり蹴られたりもするという。あるフィリピンからの労働者は、

“ マダムが一番子ども ”

だと言う。そこに一日中振り回される彼らの境遇を見ることができるかもしれない。

また、移住労働者がレバノンで出産することは違法とされており、出産が判明するとその後48時間以内の出国を強いられる。このように出国を余儀なくされたり、雇用主によって解雇されたりした後も渡航資金が無いことから出国できない労働者も多くいる。彼らに残された道は無許可で働き続けるか、収容センターに入れられ強制送還を待つしかない。このシステムから、労働者が滞在許可を失いかねない、反抗や通報がいかに難しいかが伺える。

マダム・テレサは私を打ち、殴った。彼女の夫も、母親もまた、私を殴った。

さすがに終わりにしよう、けど

そんな人権を無視した制度なんて終わらせなければ、と思うかもしれない。実際に人々が動き出している現状はある。あまり好調ではないけれど。2014年にはレバノン人労働者にはじまり、350人の多国籍の家事労働者が集まり家事労働者の連合を提案したが労働省は違法とし却下した。さらに2019年にはカファラ制度見直しの要請から、新任の労働大臣が制度の改革を呼びかけ、NGOを集めワーキンググループを組織した。

同じくカファラ制度を利用するカタールでは、2016年に公式に本制度の廃止を発表した。しかしその実状は国内で生まれた2世への本国籍付与が認められなかったり、女性労働者たちが差別に見舞われたり、といまだ完全な改革は達成されていない。

時折街頭でカファラ制度反対のデモが行われる。

パンデミック、経済危機の波に翻弄される労働者たち

Covid-19のパンデミックで世界中が疲弊しているのは言うまでもない。レバノンで確認された陽性者数は2543人(2020年7月15日時点、Lebanese Red Crossより) 。レバノンはそれと同時に、というよりはそれ以前から経済危機を抱えている。2018年末から本格的にはじまったとされる財政悪化の状況は改善せず、2019年10月には反政府デモが始まるが国の経済はさらに疲弊し、2020年3月に財政破綻。パンデミックも相まって物価の上昇、失業者の増加を招いた。更に現地通貨(レバノン・ポンド)の価値が半年で半分以下になり、結果国内の50%が貧困ライン以下で暮らしている。この国で暮らす人々の多くが生活苦を強いられるなか、元来社会から疎外されてきた移住家事労働者たちはさらなる窮地に立たされている。

2019年10月にはじまったデモの一場面。その訴えは未だ続いている。

悪化、露呈するカファラ制度の闇

多くの移住家事労働者が直面している問題の1つが給料である。もともと米ドルで設定されていることが多い給料だが、現地通貨の対米ドル価値が半分以下に下がった。それにも関わらず以前のレートで同じドルの額に値するだけの現地通貨で支払ったり、支払いが滞ったりしているという。またカファラ制度による雇用下にあると正式なビザを有していないこともあるため、医療機関へのアクセスが困難であり、感染した場合の心配も大きい。ロックダウン下で雇用主による人権侵害の悪化も報告されているという。暴力や性的虐待などである。さらに雇用主と家族が家にこもる傍ら、家事労働者だけが買い出しなどに送られることから感染の可能性も高まる。実際にロックダウン中の4月初旬、がらがらの街中に犬の散歩をする労働者たちばかりを見かけることも多かった。

大使館前に捨てられる人々

5月末から、首都ベイルートのエチオピア大使館の前に家事労働者たちが集まりはじめた。経済的に彼らを雇えなくなった雇用主たちによって連れてこられたのである。飛行機で帰れる、と騙され車から降ろされた人、1月から給料をもらっていない人、そしてその多くがパスポートを返されていなかった。しかしエチオピアへの片道は約680ドル。帰る術もなく、対応を拒むエチオピア大使館前の路上で暮らす労働者の数は7月に入っても増え続けている。

コロナ渦の移住家事労働者の緊急支援のため、レバノン人によるファンドレイジングがはじまった。

“ 外国人労働者 ”という地位

レバノンで働くフィリピン人の中には、以前日本で働いていた人々もいる。日本で稼ぐことが難しくなり、流れ着いた先がレバノンだったのかもしれない。レバノン同様、日本の社会もたくさんの外国人労働者に支えられている。自分の国では職がないから、他国で働いた方がお金を稼げるから。外に出て働く理由は様々だろう。

その中で、外国人労働者という理由で、行った先の国での社会的地位が自然と低くなる、ということはあってはならないのではないか。どこから来た人がどこにいようが人権が尊重されるのは当たり前だが、彼らには外国で働く理由があり、権利もある。さらに言えば、彼らの受け入れ先となっている地域もまた彼らの労働力に頼っているのだ。需要と供給が成り立つのは申し分ない。ただし、労働者は何よりもまず人間であり、ただの労働力ではない。使い捨てられた労働者が次なる地で再度権利を妨げられた生活をおくる。わたしたちの暮らす場所、コミュニティはこの負の労働力搾取のループに加担してはいないだろうか。カファラ制度はこのループを支える仕組みの一つの種類、一つの名前であり、世界中に形を変えて存在しているように感じる。そしてこの制度がいかに時代遅れであることか。21世紀の今、もう少し人間を人間として扱える社会システムを広める時なんじゃないだろうか。

移住労働者が多く住むベイルートのダウラ。休日にフィリピン料理を作って小遣い稼ぎをする人も。

〈協力・写真提供〉

堀越桃奈、THIS IS LEBANON、Anti-Racism Movement Lebanon

〈参照〉

THIS IS LEBANON (https://thisislebanon.info/)

Anti-Racism Movement Lebanon (https://www.armlebanon.org/)

instagram:@ayat.almuhaisen、@girluplebanon、@ajplus

Timour Azhari, The Daily Star, May 20, 2019, “Lebanon’s kafala system explained”

(https://dailystar.com.lb/News/Lebanon-News/2019/May-20/483565-lebanons-kafala-system-explained.ashx)

アムネスティ・インターナショナル 『アムネスティ国際ニュース』

2019年4月24日 “レバノン:移住家事労働者の搾取に終止符を”

https://www.amnesty.or.jp/news/2019/0425_8085.html

2020年4月14日 “レバノン:移住家事労働者を感染から守れ”

https://www.amnesty.or.jp/news/2020/0427_8735.html

2020年6月3日 “レバノン:行き場のない移住家事労働者に緊急支援を”

https://www.amnesty.or.jp/news/2020/0615_8807.html

Bel Trew, INDEPENDENT, 3 July, 2020, “‘Lebanon is in a death spiral’: Domestic workers dumped on the street amid unprecedented economic collapse”

(https://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/lebanon-economy-coronavirus-domestic-migrant-workers-kafala-a9600506.html)

Martin Patience’s report, BBC, 21 Jun, 2020, “Ethiopian maids dumped outside Beirut embassy”

https://www.bbc.com/news/av/world-53031803/ethiopian-maids-dumped-outside-beirut-embassy

Newland Chase, Dec 16, 2016 “QATAR: Government Abolishes “Kafala” Labour System”

QATAR: Government Abolishes “Kafala” Labour System

Amnesty International, Feb 15, 2019, “QATAR: Promises yet to be fulfulled: Amnesty International Submission for the UN Universal Periodic Preview, 33rd session of the UPR Working Group, May 2019”

(https://www.amnesty.org/en/documents/mde22/9783/2019/en/)

*最終閲覧日 2020年7月22日

 

(文・大竹くるみ)

 

 

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ごちゃごちゃした街と人混みが好き。レバノンに語学留学中、国内史上最大規模の反政府デモ、カルロス・ゴーンの逃亡、国のデフォルトとCOVID-19パンデミックに見舞われたけど、そんなレバノンの荒れたすてきさを伝えたい。