だって、ゴーンが追ってきたから

2019年12月31日付 レバノン国内のフランス語紙、L'Orient-Le Jour。 まさかのゴーン到着。

2019年12月31日。ベイルート。年越しの準備をするだけの、のんびりな休日の朝。

”ゴーンを捕まえて!”

日本の家族からLINEがきた。

何事かと思ったら、カルロス・ゴーンがレバノンに逃亡してきたと。楽器のケースに入って。

9月からベイルートに留学していたのだけど、とっくに保釈中になっていたレバノン人の両親と国籍を持つゴーンは、国内でも有名だった。たまに日本人だとわかると、ゴーンのことどう思う?なんて聞かれたりもした。

けれどごちゃごちゃで忙しい街で日々を楽しんでいたら、ゴーンなんて頭から消えていた。矢先のことだった。

レバノン政府は1月、ゴーンに国外への渡航を禁じた。けれどきっと、このパンデミックのさなか、世の中は彼のことを忘れはじめちゃったんじゃないか。まあ、それでも全然いいのだけれど。

そこで彼がベイルートに来た12月31日から、まだ話題だった3月くらいまでにレバノンで聞いた街中の”噂のゴーン”をおとどけしたい。

3月半ばからロックダウン状態のベイルートの掲示板。#Stay_At_Home #خليك_بالبيت

というか、日本から来たの?ゴーンを追ってきたの?って聞かれることがとっても増えたおかげで、じもてぃーたちのゴーンへの思いを世間話の中で聞くことができたから。

でも、わたしはゴーンより前にいたんだからね。ゴーンがわたしを追ってきたんだからね。

・ATMが使えず一緒にぼやいてくれたおばちゃん

いい迷惑だよね、騒がれても。もっとたくさん問題があるんだから、ATMにお金ないとか。彼がヒーローだって言う人もいるけど、わたしたちには関係ない。

・1月8日、ベイルートで行った記者会見をなぜか一緒に見たスークの文具屋さんのおじちゃん

困ったときだけレバノンを頼りにしてきて、結局故郷って言ってもその程度。それにしても、会見では日本の記者をコントロールしたり、フランス語、アラビア語、英語でそれぞれの記者に対応してて賢いね。

・タクシーのおじちゃん

彼は日本で活躍したし、ヒーローみたいなすごい人。でも今回は迷惑だよね、逃げられてもね。

・デモ中に屋台を出して時の人になったロウディー

彼はもちろんヒーローだし、崩れかけてた日産を再建した。賢いし権力も絶大だったんだろうから、本当に横領したとしてもばれるはずがない。ということは日本に騙されたんだ。そんなのはひたすら卑怯だ。

・ロウディーの相棒マーク、とその友達の大学生

彼は日産を再建したヒーローかもしれない。だとしても、横領はしてたんだろうし、だからはめられるような事態に陥った。日本の逮捕の仕方も卑怯に見えるけど、ゴーンもなんかやったんでしょ。まあレバノンなんてみんなそんなもんだし、特に政治家がね。結局そういう人たちが集まるんだろうな。

ちなみにこのロウディーとマークについては、こちらの記事もぜひ。

クビになったから、屋台をはじめた!~マークとロウディーのサウラサージ 

http://tufs-wonderfulwander.info/archives/17203

 

ちゃんとしたインタビューではなく、あくまで街中でわたしが聞いた声からの感覚、だけど。

とにかく、

ゴーンはレバノンの腐敗した政治家っぽい。

汚職と賄賂が横行してて、その地位をなんとしてでも守ろう、みたいな。

彼をヒーローっていう人もいるし、ある意味ヒーローかもしれないけど、逃亡行為を迷惑だと思っている人も多い。

ベイルート市内のカルロス・ゴーンの滞在先。訪ねたときは山の方にスキーに行っていたらしい…。

結論、藪の中?

権力に隠れて不正を働いたのかもしれないし、その権力者を組織内外から貶めようとしたのかもしれないし、どっちもかもしれない。ただでさえ政治家の汚職が絶えないレバノンで、ゴーンに対する正義なんてないんだろうな。

とにかく彼は、レバノンという国の知名度をあげた。信じられないほど。戦火の中に留学に行っていると思っていた祖母も、今ではレバノンを認識している。ただとっても不本意である、この国際的逃亡によってハイライトされるなんて。だからぜひ、国の存在を知ったらその調子で、ゴーン以外のレバノンもちょっと探求してほしい。

最後のぼやきとして、パンデミックによって感染源と恐れられ、”Corona!!”と街中で叫ばれたり逃げられたりしたアジア人の一人としては、この騒ぎの前ひと月だけでいいから、”Ghosn!!”と言ってほしかった。ちょっとだけリッチな気分になれたかも。そんなふうに街の人の頭にポップアップしてくるほどまでには、ゴーンはなれなかったみたいだけど。

ゴーンが思わず帰って来たくなってしまったベイルート。プライベートジェットがなくても入国可能なので、ぜひその魅力を確かめに来てみては。 市内に描かれたبيروت(ベイルート)のグラフィティ

*カルロス・ゴーンは、Carlos Ghosn(كارلوس غصن)なのだけど、アラビア語で発音するときはカルロス・ゴスン。完全に”ゴスン”。一番の衝撃はこれかもね。

 

(文・大竹くるみ)

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ごちゃごちゃした街と人混みが好き。レバノンに語学留学中、国内史上最大規模の反政府デモ、カルロス・ゴーンの逃亡、国のデフォルトとCOVID-19パンデミックに見舞われたけど、そんなレバノンの荒れたすてきさを伝えたい。