お久しぶりです。ユーラシア大陸陸路旅を書いていたまれやままりです。
2回目の今日はタイに入国して夜行列車でバンコクに着くまでを書きます。
******
②タイ深南部 夜行列車
朝7時にマレー半島東海岸の町コタバルを発ち、路線バスを乗り継いで国境のランタウパンジャンまで移動した。タイ側のスンガイコロクへ渡る。
海外旅行の手段として飛行機がメジャーになってしまった今、わざわざ国の隅っこまで行って別の国に入国しようとするのは物好きばかりになってしまった。しかし今でも多くの人が国境を利用する。貿易商や長距離トラックドライバーなどが生活のため日々国境を越える。国境の町の住民も隣国でないと味わえない娯楽のために越境する。たとえばブルネイとマレーシアの国境だと母国ではお酒が飲めないブルネイ人がお酒を楽しむためにマレーシアへ向かう。ランタウパンジャンの住民がどんな目的でタイ側の町を訪れるかはご想像にお任せする。
国境とされる場所にあるのは泳いで渡ろうと思えば簡単に対岸まで行けそうな緩やかで小さい川だったり、山の尾根に沿ってすっかり錆び切ったフェンスがあるだけだったり。時にはこれといった目印もないことだってある。
所詮は人間が地図上に引いた線に過ぎないが、町の空気はガラリと変わる。言葉、街並み、文字、人の肌、匂い、食べ物。国境は人の想像の産物でしかないのはその通りだけど、確かに境界は存在しているのだ。一歩線を踏み出せば別世界が広がっている、そんな国境の独特の空気に魅力を感じている。
タイ側の町スンガイコロクはタイ深南部の地域にある。この地域はマレー半島東海岸の方言に近い言葉を話すマレー系民族が多く住んでいる。スンガイコロクという地名も実はマレー語でコロク川という意味だ。スカーフを被ったイスラーム教徒の女性が歩いているのをよく見かける。人だけ見るとマレーシアと似ている。
しかし街角に現れる文字はほとんどがタイ文字になる。何が書いてあるのか全く分からないので店頭の雰囲気から何の店なのか想像するしかない。まだマレー語とほんの少しの英語が通じるのでいいが、これがタイ北部へ移動したらどうなるのか。
少し散歩するだけでマレーシアでは見なかった黄金に輝く装飾の派手なタイの仏教寺院と出会う。
深南部は治安の良い地域とは言えないので長居はお勧めできないが、夜になると怪しいネオンの光る町も多い。国境を越えるだけで風景はがらりと変わる。
プラットホームへの出入りは自由なので切符を買ったあと駅を見学した。まだそんなに高くない太陽がホームに射し込んでいる。空気はどこかジメッとしているが、まだまだ暑くはない。東南アジアの田舎の爽やかな朝だった。
乗る予定の夜行列車までは時間があるので駅の近くの茶店で炭火焼きのトーストとコーヒーを頼んだ。
ひとりではじめて陸路で国境越えをしたのもマレーシアとタイだった。大学に入って1年目の春休みで、そのときは西海岸から鉄道で北上した。途中のハジャイ駅で買ったガイヤーンというタイ東北部の焼き鳥のような郷土料理が美味しかった。
スンガイコロクから出発した夜行列車はハジャイ駅で停車し西海岸から来た列車と合流する。ホームにはあの時と同じようにガイヤーン売りのタイ東北部の出稼ぎ労働者たちがいた。はじめての海外夜行列車で食べた物だったので今回も買った。
列車はバンコクを目指してタイ深南部を北上する。町を離れると背の高い建物は一切なくなり、夕暮れ時の黒い森の影がどこまでも広がっている。時々通り過ぎる村では地元の子供たちがボールを追いかけたり池に飛び込んだりして遊んでいる。彼らにもひとりひとり名前があって学校に通ったり家の仕事を手伝ったりそれぞれの暮らしがあると思うと不思議な気持ちになる。私は彼らが生活している目の前を通り過ぎていくだけで、恐らくお互いに知り合うこともない。彼らの生活を味わうこともない。窓ガラス一枚で隔てられて私の人生は彼らとは全く別の場所へと運ばれていく。どこか寂しいけれど夕暮れ時の列車から眺める農村はいつ見ても綺麗だ。
夜が明けても列車はマレー半島北部の海岸線を走っている。タイは広くマレー半島は南北に長い。途中駅で車両を切り離したり、方向を転換したり。通り過ぎていく農村を眺めたり、昨日買ったご飯を食べたり、だらだらと過ごしているうちに線路沿いに人家が増えてくる。農村では見かけなかった都市郊外に建てられたバラック小屋の集落だ。遠くにはバンコクの背の高い建物が見える。東南アジアの大都市らしい雑然とした風景だ。
一番下の写真は外国語学部時代の外大パンフレットに使われていた建物。同じアングルから撮った。どこへ行っても車で溢れかえっている。見ているぶんにはいいけれど暮らすにはしんどいかもしれない。
クアラルンプールのちょうどいい規模に慣れ切ってしまっているのでバンコクのような人と車が入り乱れているアジアの大都市があまり得意ではない(シンガポールや東京などは大丈夫。恐らく人の流れがちゃんとあるかどうかの違い)
3回訪れているがいつも長居せず次の町へ行ってしまう。今回も着いて早々夜行列車の切符を買い、北上しチェンマイを目指すことにした。
(文・まれやままり)