この記事を書いている6月25日は韓国にとって歴史的な日となっている。この日は朝鮮戦争が始まった日なのだ。
1950年に6月25日に朝鮮戦争がはじまり、この戦争によって朝鮮という国が北と南に分断されてしまった。戦争によって家族や親戚と永遠に離れ離れになってしまった人も少なくはない。また、統一に向けた計画も難航しているというのが現実だ。しかも、韓国では国民の多くが統一に反対している。
韓国では毎年9月頃に秋夕(チュソク)と呼ばれる大型連休がある。この連休に家族や親戚と集まってゆっくり過ごしたり、旅行に行く人が多い。しかし、朝鮮戦争によって離散してしまった家族は一緒に過ごすことが出来ない。では、彼らはどうやって秋夕を過ごしているのだろうか。
韓国の北の地方に臨津江(イムジンガン)という場所がある。ここは北朝鮮と比較的に近いところに位置している。どのくらい近いかというと、肉眼で北朝鮮が見られるくらいだ。私はそこに何度か赴いたことがある。そこには高い展望台があり、年配の方々が寂しそうに手を合わせながら北朝鮮の方を見ていた。失礼ながら、何をしているのか聞いてみると、朝鮮戦争で家族と離れ離れになり毎年、秋夕になるとここに来て向こうにいる家族に挨拶するのだという。
臨津江から少し言ったところに都羅山駅という駅がある。しかし電車は通っておらず人もあまりいない。この駅は韓国と北朝鮮を繋ぐ電車を開通させるために作られた駅なのだという。その駅の垂れ幕には「統一されるその日まで」と書かれていた。
私は過去に韓国と北朝鮮の国境付近で取材をし、北朝鮮までわずか2mの所まで行ったことがある。
朝鮮戦争当時、北朝鮮側が韓国に攻撃するために秘密に掘られたトンネルがあり、現在第三トンネルが公開されている。実際にトンネルに潜ってみると天井が低く、私の身長(150cm)でぎりぎり立てるかどうかだった。先ほど、第三トンネルが公開されていると書いたが、第一、第二も発見されている。しかし、怖い話をすると第四トンネルは未だに発見されていない。
私が軍事国境線に取材に行ったのは2018年のことだった。ちょうどドナルド・トランプ前大統領と金正恩総書記の会談が行われた1週間後のことだった。国境付近では南北連絡事務所が見え、韓国の兵士は
「すぐにあの事務所が観光地として公開されることでしょう!」と言った。
私はその時、次来るときは母を連れてきて今日の取材で得たことを説明してあげようと思った。
まさか北がその連絡事務所を爆発するなんて思ってもみなかったが。
(文・高木好花)