オランダ旅行初日の夜に入ったのは、飾り窓地帯手前にあるイタリアンレストランだった。
嗚呼、イタリアン。
オランダに来て初めて食べるのがイタリアンなのは不本意であった。
しかし空腹の今、背に腹は変えられぬ。
何より美味しいことに間違いはない。
いや、実際にはそんな感慨に耽る余裕はなかった。
なぜなら明らかに治安が悪そうだったから。
その時は自分たちが飾り窓の近くにいたなんて知りもしなかった。
それでも空気が違うのだ。
窓際に座った3人組なんて明らかにshadyな感じだし、店の付近は人影もまばらだ。
9月下旬、午後7時過ぎの曇り空の下では余計に胡散臭く見える。
しかし一緒に来た友人はまだそのことに気が付いていない。
こうして私たち二人は、アムステルダム中央駅近くのイタリアン・レストランに入った。
友人はピザを、私はトマト・スープを注文した。
料理が運ばれてくると、私たちは暫し写真撮影に興じた。
すると愛想のいい店主が私たち二人の写真を撮ってくれた。
友人はほっと一息ついてピザを頬張る。
終始警戒気味だった私も、なるべく窓の方を見ないようにして食べた。
ふと頭上に目をやると、壁にテレビが備え付けられている。
しかし流れているのはABBAや「Mrs. Robinsonのバンド」など、60〜70年代のバンドばかりだ。
それはまるでタイムトラベルしてしまったかのような、不思議な感覚だった。
翌日、朝食の席で、宿泊先のホストであるTにその夜のことを話して聞かせた。
さまよい歩いた挙句、イタリアン・レストランに入ったこと。
テレビでABBAや「Mrs. Robinsonのバンド」を見たこと。
するとTがこう言った。
「それはSimon and Garfunkelね!そのバンドはオランダのバンドなのよ!」
私はスマートフォンでMrs. Robinsonと検索し、真っ先に出てきた二人組の写真を見せた。
彼女は大きく頷いた。
オランダに来てオランダ発のバンドを発見したことは、何か特別なことのような気がした。
しかも唯一知っていた曲が手がかりになったことが、なんだか嬉しかった。
それから約1年が経った。
私は今でも時々Simon and Garfunkelを聴く。
しかし、当時は知らなかった事実を今は知っている。
Simon and Garfunkelはアメリカ発のバンドだった。
彼らはオランダとは縁もゆかりもなかったのだ。
それなのにどうして彼らの曲は、オランダで過ごした6日間を、写真よりも色鮮やかに思い起こさせる。
(文・小林かすみ)